2023年12月02日

骨董市へ

朝方の気温は氷点下まで下がったらしいが日が昇ると風もなくポカポカの陽気。「くろまめ」のリハビリも兼ねて、こっとう市へ。
コロナは収束傾向だがモノに触れるのが骨董市なのでアルコール消毒。

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「放牧中」。

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ペコちゃんと。

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缶ケースは裁縫箱にするらしい。
生地や服など袋にいっぱい詰まっていた。

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「そらまめ」は時計パーツのみの購入。

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スマホで商品と店主との会話も動画で撮影し、スマホの向こうにいる人とも会話している人が何人かいた。東南アジア系の言葉だったので本国にユーザーが居てのリモート購入と思われる。
便利な世の中になったものだ。




posted by くろまめ at 15:28| 日記

2023年11月30日

「備忘録」

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10月25日  宮崎の総合病院に搬送。
10月26日  同病院に入院。
11月2日   「備忘録」をつけ始める。

*特記事項*
*10月25搬送から26日のお昼ごろまでの記憶がほとんどない。

*10月27日
午前、夫が父からのメッセージを伝えに来てくれた。午後も面会に来てくれたが、病院の規則で2回目は受け付けてもらえなかった。無念なり。

*10月28日 
午前、夫面会に(サングラスを頼んでいた)。
午後、2階外科病棟から5階内科病棟に移る。朝日の当たる部屋で遠くの木々の緑、紅葉樹、空は高く青く、レースのカーテンが揺らいでいる。

*10月29日 
体温 37度超えなくなった。
血糖値上がるとお腹にインシュリンを打つ。首の太い血管に点滴ニ管していることで自由がきかず肩が凝る。

*栄養管理師より食品についてのアレルギー有無を聞かれる(特別食のペースト食を作るため)。

*10月30日   
日中でも目をを閉じると網膜の残像が消えては入れ替わり悩まされ続いている。エジプトやトルコやインドの織物、工芸品の鮮やかな紋様が網膜に張り付いて繰り返し現れる。
スマホLINEの使い過ぎが目を疲れさせているようだ。
おもしろいことを記そう。
30日未明、大好きな絵本作家の角野栄子さんが娘さんも一緒に現るる。私の実家に行ってみたいので案内してほしい、と。宿泊先も具体的で夢だったのか? 不思議なやりとりだった。忘れてならない。ノートに書きつけた。

昼食 ペースト食開始。 
尿管と首の点滴の管が外され解放!
*夜間照明を落としても残像は現れない。気持ち良く眠れた。

10月31日
*毎度インシュリン打って朝食。
*主治医より「順調に回復している」と聞く。
*鼻の酸素吸入管外される。

11月1日
*骨髄検査結果、異常無し。
*病室内外を自立歩行できるようになった。
*主治医より「リハビリテーション総合実施計画書」の説明を受ける。
*リハビリ担当者が来て、病室でバランスチェック(片足立ち、スクワット、足伸ばし、足押し)。
*院内売店での買い物を依頼。
スケッチブック、色鉛筆12色、赤のボールペン、黒の油彩ペン、横書きノート。色鉛筆は扱っていなかった。残念なり。

11月2日
*リハビリテーション 
自転車を5分漕ぐ。階段昇降5分。
夕方、自主トレ 外廊下を20分歩く。

11月3日
*緑豆(りょくとう)の全粥食べて文化の日
ようやく俳句気分になれた。

11月8日
*見守りシャワー。
*リハビリ 自転車漕ぎ、階段昇降。

11月10日
*リハビリ 病院の外に出て周辺を歩く。勾配のある場所をゆっくり歩く。 

11月11日
*ひとりでシャワー浴びる。

11月13日
*体重測定
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7号サイズだ。
若い頃なら喜びの体重であり、理想的なBMIだ。

11月14日
退院。
見守ってくれた家族、友人たちに感謝します。

「病床日記」ならぬ「備忘録」の文字は、判読不明の箇所が多いです。又、記憶のない部分については夫に聞きながら、ゆっくり時間をかけて、書き起こして行きたい。

書き起こす「病床日記」小春かな

posted by くろまめ at 12:45| 日記

2023年11月22日

コンポスト重い

生ゴミをコンポストにするためのコンテナ、入れ過ぎて重くなってしまった。両手で片側を浮かすのがやっと。
ベランダから運び出し畑に持って行きたいがハードルが高い。
台車をベランダとの段差に近づけ片側を浮かせて滑らせ何とか台車の上まで乗せた。エレベーターで1階へ。玄関ロビーのギリギリまで車をバックさせると運良く高さが近づいた。滑り込ませOK。
畑では台車の上にプラスチックの容器を乗せて高さを合わせてやっと着地に成功した。
土を掘り埋めた。

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洗って干した。

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ブロッコリーが大きくなっていた。

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キヌサヤとスナップエンドウが伸びていた。


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米良野菜とニラを集めて畝に整列させた。

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教訓。
コンテナの生ゴミは持ち上げることができる間に捨てる。

posted by くろまめ at 18:34| 日記

2023年11月17日

くろまめ退院

病院からの退院の最終判断は10時ぐらいの連絡を待たなくてはいけないが翌日の退院を目指して見切り発車。早朝に最寄駅を出発。新幹線の中で退院OKの知らせを聞く。
夕方宮崎駅に到着。親戚が迎えに来てくれた。

14日は退院日。ずっと個室だったので入院費用は現金である程度は用意していたがカードで支払いをした。

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退院祝いと遅れた誕生日祝いを兼ねてケーキを用意してくれていた。

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くろまめの妹のご主人が愛車で周辺の観光案内をしてくれた。幌を掛けると乗り降りごとに体を畳んだそらまめだった。

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夜は庭のバーベキュー小屋でバーベキュー。話がはずんだ。

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翌日は別の親戚の家に集合。歓談した。夜は宮崎駅市内に予約したホテルにタクシーで移動。宮崎はゴルフやらスポーツのイベントがおおい季節らしい。ホテルもなかなか予約がとれなかった。
翌朝フロントでタクシーをお願いしてもなかなかとれず表通りに出たら運良くすぐに拾えた。運転手さんが言うにはコロナで若い運転手が辞めていき年寄りだけが残っているらしい。有名人を乗せることもあり先日はダビッシュを乗せたが4千円のところ1万円を出して釣りはいらんと言ったとのこと。
まし娘の支払いはキッカリだったらしい。空港に到着。料金は3090円だった。3100円出してダビッシュしますと言って車を降りた。
現役を定年退職して10数年ぶりの飛行機となった。予約も座席指定までスマホでできる時代になっていた。
搭乗前に土産物屋めぐりをする「くろまめ」。

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posted by くろまめ at 17:19| 日記

2023年10月30日

くろまめ危うし

くろまめの祖父の50年祭で宮崎に向かう新幹線の中で。

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到着。5時過ぎでも明るい。

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50年祭の終わった深夜、
シュラフ(寝袋)の中で寝ているくろまめの寝息のピッチがはやい。受け答え朦朧。立ちあがろうとする脚にふんばりがきかない。
もしや脳梗塞かと救急車を呼ぶことに。119番すると家まで上がるのには、1時間はかかるので車で降りてきてもらい途中で合流したい、と。「くろまめ」をやっと車に乗せ下る。救急車が前方からやってきたのでパッシングで合図。乗せ替えた。

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救急車に はぐれないように車間をつめて追いかけると隊員が降りてきて、シカが出るので急停車することがあるので車間を開けてください、と。
途中、停車中に薮から煙が出ていて隊員3名ほどが火災の安全確認へ。2分間ほどのタイムロス。最終的に宮崎市内でも評判の良い総合病院に到着。救急隊員にシカは出ましたかと聞くと4頭現れたとのこと。

曇りガラスが閉まり、コロナの可能性もあるからと「そらまめ」と「くろまめ」の兄は外で待機。
曇りガラス越しに青い防護カバーを着た人たちが動き回るのが見える。1時間ぐらい経っただろうか、青い防護カバーを脱いだらしい姿に。コロナではないようだ。そして扉が開いて中に通された。コロナではありませんでしたと。

医者から「熱があり血圧が低くいつ心臓が止まってもおかしくない状態だ。」と。白血球が少ないとも言っている。
とにかく入院手続きをして夜が白々と開けてくる頃、くろまめの実家にトンボがえり。仮眠をとろうと思ったが眠れそうもないので、実家に届けと荷物を全部詰め込み病院へ戻る。この時もシカや野うさぎが道を横切った。

医者が検査結果を見て白血球が少ないので骨髄検査をするとのこと。正式な結果は2週間後だが簡易結果を見ると骨髄に異常は無く、千葉の病院で9月末から処方されている薬の副作用の可能性があるとのこと。出現率は1%ぐらいらしいが。

2階の外科個室から5階の内科個室に移動。市内に「くろまめ」の妹が住んでいるので私は数日泊まらせてもらった。コロナの感染対策ということで面会も厳しい。体調も安定してきたとのことなのでひと足先に千葉に戻ることにする。市内に妹がいるのでとても安心、助かる。

宮崎市から新八代まで横断。レンタカーは1日はやく戻したのでその分のリターンがあった。一路新幹線で。海外出張では頻繁に使った飛行機だがなるべく陸路を使いたい。皆さんに不思議がられる。

病室ではスマホが使えるので便利だ。
今日はペースト食が出たとの写真が送られてきた。退院時には再度宮崎へ。


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posted by くろまめ at 13:25| 日記